事業案内(商工会議所歴史・生い立ち)

日本最初の商工会議所

日本に商工会議所が設けられたのは、明治11年(1878年)で、東京は渋沢栄一、大阪は五代友厚、神戸は神田兵右衛門という実業界の実力者が主唱してつくりました。その陰にはこんな話があったのです。明治11年といえば、西南戦争の翌年で、日本の夜明けでありました。眠れる子供が目をさましたように、わが国は、文明開化、殖産興業を旗印に国の歩みを進めはじめました。そのとき、幕末の開国に際し諸外国との間に結ばれていた不平等条約を改正しろという声が、国内に起こりはじめ、その折衝には内務卿の伊藤博文、天蔵卿の大隈重信たちが当たっていました。英国公使パークスに伊藤公たちが、「条約改正は国民の世論です」というと、パークスは「それはおかしい。いまあなた方は、条約改正は国民の世論であるといわれたが、国会も商工会議所もない日本が、どこでどのようにして国民の世論を聞く方法があるのか、そのような便利な方法があれば、不肖パークス後学のために教えていただきたい」と詰めよりました。さすがの伊藤公たちもこれには返す言葉もありませんでした。そこで伊藤公たちは、さっそく欧米の商工会議所制度や、また寛政年間に松平定信が江戸で始めたという町会所の制度などを調べさせてみると、どうしても商工会議所が必要だと考えるようになりました。ですから、実業界の渋沢栄一氏や五代友厚氏らが設立を提唱しますと、伊藤公たちも全面的にこれに努力したのです。明治18年までに32の商工会議所ができているのですから、商工会議所の誕生をみんな待ち望んでいたことがよくわかります。

大分の商工会議所

商工業者の会員組織による地域総合経済団体

 商工会議所は、地域内の商工業の総合的な改善発達をはかり、あわせて、社会一般の福祉の増進に資することを目的として、「商工会議所法」に基づいて設立された商工業の会員組織による地域総合経済団体です。
 全国各都市に設立され、各種の経済団体の中でもっとも歴史が古く、規模が大きい団体として、対外的にも非常に高い信用を得ております。又、大分商工会議所は、昭和4年10月に創立されて以来、今日に至るまで、時代の推移に対応しながら、組織の改革、拡大をはかりつつ、大分県経済の振興発展のために、たゆまぬ努力をつづけ、輝かしい成果をあげてきました。厳しい経済情勢のもと地域経済の一層の浮揚伸長のため、今日も活発な活動を展開してます。

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